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「人間も自然の一部」エーリッヒ・フロムの言葉と考える、自然との向き合い方

人間が完全に自然から離れることはない。あくまで人間は自然の一部だ。

私が環境問題について学び始めたのは、今からちょうど1年半ほど前。その中で出会ったのがこの言葉でした。ご存知の方も多いかもしれませんが、ドイツの社会心理学者エーリッヒ・フロムさんという方が残したものです。

人間(私自身)の弱さや醜さに触れると、「どうして人間は自然のように美しくいられないのだろうか」と考え込んでしまったり、ふり返ってみれば、私は子どもの頃から「人間と自然は別のもの」として捉えすぎていたように思います。

そして、環境問題について学べば学ぶほど、自分の思いと行動との矛盾を知って落胆することも多く、学び始めて1年半と言いながら、そのうちの数ヶ月は何も手が付かないほど無気力な日々を過ごしていました。







つかの間の夢をみるように
季節の余白にこぼれた光
葉末の露が色を纏うと
立ち尽くしたのは言葉たち

永遠のなか わずか一瞬
世界は静かに優しく溶ける

忘れられた美しい沈黙を携えて







これは、そうして思い悩んでいた時期に書き留めていた詩のひとつです。「自然=美しい」という前提のもとに成り立っていて、「立ち尽くしたのは言葉たち」という一文には、「自然の美しさの前に人間はいつでも立ち尽くしてしまうだろう」という思いをのせています。

「人間と自然」を対極に置くという思考が当たり前のように染み付いていた私は、はじめてフロムさんの言葉に触れたとき、本当の意味での理解はできていなかったと思います。この言葉に出会ったことすら、最近まで忘れかけてしまっていたのですから。

自然も美しい部分ばかりではない

そんなある日、とあるばら農園の方にお会いする機会がありました。日々、自然というものと真に向き合っているその方にお話を伺ってみると、今までの価値観がひっくり返るようなことばかり。様々な姿を宿すばらたちに見惚れながら「自然は本当に美しいですね」と私がため息まじりにつぶやくと、その方は穏やかな微笑みを浮かべてこう仰ったのです。

「自然だって人間と同じで、美しいばかりではないですよ。私たちは自然の美しい姿ばかりに目が行きがちですが、こうして土作りから自然と接し続けていると、美しくない部分ともたくさん向き合うことになります。でも、それでいいんです。自然も人間も同じですから」

「だから、私たちは自分のことのように考えながら育てています。今このばらたちが何を感じているのか。どうしてほしいのか。この子たちの声にしっかりと心を向けて」

その時、ふとフロムさんの言葉を思い出し、点と点が線になり、思考がひとつに結びついていくような感覚を覚えました。フロムさんの意図する意味とは少し異なると思いますが、「人間も自然の一部」という考え方を自分の中に持つことは、私たちが、自然と、そして今この世界で起きている環境問題と、どう向き合っていけばいいのかを見つめ直すきっかけになるはずです。

自分の心の声をきくように、自然と向き合っていく

人間も自然の一部。そう思えるようになってから、自然との向き合い方はもちろん、自分自身とも軽やかにふわりと向き合えるようになったと感じています。自然と人間を比較して落ち込んでしまうことも、義務や責任という言葉に縛られすぎることもなくなったのです。これは私にとって、とても大きなことでした。

日々の生活の中で自分を労るのと同じように、自然についても考える。環境問題について学び、考え、取り組んでいくことは、自分の身体や心の声をきいてあげることと同じです。「しないといけないこと」と考えるのではなく、そうすることがごく自然の形。これは、自然に限らず人間関係でも同じことが言えますよね。自分のことばかり考えていては、相手との関係は途端に壊れてしまう。相手の心の声をきこうとするかどうか、自然の声をきこうとするかどうか。たったそれだけのことなのです。

まずは自分を大切に。そして、まわりの人や環境も大切に。大きなことは出来なくても、小さなことひとつひとつの積み重ねを大切に繰り返していきましょう。それが大きな一歩に繋がると信じて。