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理解しようとするのではなく、ただ愛するだけでいい。クロード・モネが残した言葉

人はつい、自分の身近に存在しているものを一生懸命に理解しようとします。もっと言えば、どこかで「理解しなければいけない」と思い込んでいることも多いのかもしれません。

私も最近、ある人のことを理解しようともがいていました。大切な相手であればあるほど理解したいという気持ちが強くなり、「理解できなければ、このままずっと心を通わせ合うこともできなくなってしまう」、そう考えていたのです。

けれど、そうして自分や相手の心を縛って苦しめる必要なんてなかったのだと、その人と話している中で気が付くことができました。そのときに思い出したのが、モネが残した 「芸術への理解」 に関する言葉です。

人は私の作品について議論し、まるで理解する必要があるかのように理解したふりをする。私の作品はただ愛するだけでよいのに。 −クロード・モネ

パブロ・ピカソも「なぜ人は芸術を理解しようとするのか」 という言葉を残しています。

これらは自分のまわりの物事に関してではなく、あくまで芸術に対して述べている言葉ではありますが、この考え方は芸術以外にも当てはまるのではないかと思います。特に 「ただ愛するだけでよいのに」 という言葉は、身近にいる大切な人、自然や動物たちにも言えることではないでしょうか。

相手を理解しようと頑張りすぎると、それがむずかしいと感じてしまったとき、その先でどのように関係を築いていけばいいのかわからなくなってしまうことがあります。 「理解したい」 と思うことが悪いのではなく、もし理解できなかったとしてもそんな自分を責めずに受け入れる。 「理解ができなくてもいい」 「ただ、心に寄り添って愛するだけでいい」、そう思えたとき、今まで抱えていた苦しみから自由になれたような気がしました。

以前、アインシュタインが娘に宛てた手紙について紹介しましたが、彼はその手紙の中で、「答えは愛しかない」 「愛は人生の本質」 と綴っていました。ドイツの社会心理学者エーリッヒ・フロムも 「愛は学ぶべきもの」 「愛は技術である」 と述べています。

私たちが愛について真剣に学ぶことは、自分とそのまわりに存在する全てのものを自由に導いていく一番の方法なのかもしれません。

「ただ、愛するだけでいい」

自分の過去も、今も、未来も。

闇ばかりの夜に光を見つけられないときも、
救いの声が聞こえず孤独に感じるときも、

晴れの日も雨の日も、
自分が無力に思えるときも、

ただ、愛するだけでいい。